飽食 2/2

最中に女の話させるのめちゃくちゃ好きな人みたいに見えるかもしれないけどその通りです


――ほら結構立派なもんだろ。
後ろに回した手を前に持ってくれば、言葉の通りにそこそこにデティールのある装飾の黄金の彫像が示された。
曰く昼間に街中で勝ち取ってきたものだそうだ。食文化に旺盛な土地であることは前々から聞き及んでいたため、海上にあってこその場ではあったが他の陸地よりは些か長く港に店船を付けていたのだ。
実際荒れた航路内で一通り以上の料を修めてきたゼフであっても学びやイマジネーションの元になるような催し事も多く、サンジを始めとしたスタッフ達にも観光を推奨していたのだが、そう長くはない閑暇の合間に成果物まで持ってくるのは中々に気合いの入った仕業であろう。
――こんな所だからせっかくだしもっと名前売ってやろうと思ってさ、今日の客入り多かったろ。あれだよ。
電球の明かりでてらてらと輝くトロフィーと共にサンジはゼフの向き合っている机の上に半身を乗り上げた。圧迫されたスペースで台の下に落ちかけた筆を器用に片足で掬い上げ、そのまま手で拾い弄ぶ。
夜にサンジがオーナー室に押しかけてくるのは既に特筆するようなことでもなくなっていたが、その日は妙に落ち着かない空気を纏っていた。ただどちらかといえば浮かれたものであり、切迫した所用はないことも感じ取れたので喋らせるままにしていたが、なるほどこれが原因であったらしい。
他所の海にいても評判の漏れ出る名所だ。話題になれば一つ所では留まらない影響も視野に入る。こちらの得も大きいだろう。
てめえもたまには殊勝なことをするんだな、そう投げ返したがまだざわめいている気の中心には触れていないらしい。
――何で勝ったと思う。
なんの料理で、か。適当に思いついたものを数個挙げる。南寄りの土地に合わせた南国料理、物珍しいであろう島国料理、若者の間で流行っているらしい菓子の類。そもそも何が趣旨の興行かすら伝えられていないのだから全て当てずっぽうであり、そして全て外れた。言葉の数を増やすだけの無為な遊びである。ただこういった遊びをゼフは嫌ってはいなかった。
中身のない応酬をしばらく続けた後、ふと唐突に打ち切られた。答えを明かすことに痺れを切らしたようだ。焦らしているようで焦れているのはサンジの方なのだ。しかしこうも勿体ぶったのだから何か大層な仕掛けはあるのだろう、と期待する内心はゼフにもないでもない。反面たかだか料理の名前一つで今更驚くことなどあるだろうかという懸念もあったが、なんであれサンジとのやり取りに大きな意義など求めていない。
ニタニタとつり上がった口から出てきたのは少しばかり懐かしいものだった。
現在の役職を与える少し前に、サンジが新作の提案を持ちかけてきたことがあったのだ。その頃にはとうに店内での腕は上から数えた方が早い位置にいたが、表に出すものを創作させるには及んでいなかった。ただいつもより張り切っていたため直に試食し、一蹴するには惜しい品質は感じたものの、ゼフがこの店に求める水準には達していなかったのでその時は蔵入りとなったのだ。ただ以降も何度も試作を重ね、どれだけ厳しい批評を受けてもそれらを乗り越えるだけの改良を施しては再三の提出を繰り返し、最終的には根負けしたゼフも付きっきりに全面の監修の元に完成させたのだ。
そのまま定番へ、とは行かなかったが一定の好評は博し、今もシーズンや合った海域ごとに提供される一品として度々メニューに顔を出している。そういえば今は正にその時期に当たる。
――賞取ったら名前とレシピずっと残るんだってさ。
だから一番この店らしいもん出してやろうと思って。思わず、だがそのずっと前から待ちかねていたかのように誇らしげに言った。
俺達が作ったんだ。
確かに客に出すものとなるとゼフの口入りが大量に必要となったため出来上がりの時点ではほぼ合作と化し、当時のサンジはその有り様に不満げですらあった。そして今となってはサンジ一人の創作料理が卓に並ぶことも少なくはない。
ただ、今それを報告することに気もそぞろなまま顔を出しに来たのだ。この子供は。
気ままに筆を回す腕を掴み、近くに引くと心做しかバランスを崩した。怒りでも買ったかと思ったらしく抗議と当惑の目線を束の間寄こしたが、すぐに意図を理解したようでそのまま僅かに強張った。大抵は自ずから入り込んで来るというのに事の始めにはいつも慣れきらない素振りをする。抱えた金色を後ろ手に置くのを横目で眺めつつもう片方の手で頭を掻き寄せると、薄い柑橘系の匂いが散った。洗髪剤のものだろう。少し以前とはまた変えたらしい。勢いのままに口に噛みつき、腔内を割り開く。紫煙の苦い味がする。内側をあらかた確かめ終わり顎を引くと、まだ粘り気の残る舌が追いかけて来る。それに応えてやる。そういった交接を数度繰り返した後ようやく途切れた。
いつの間にかゼフの頭部にも縋るように手が伸びている。僅かに荒くなった息が顔にかかる。微かに上がった口角の薄い唇から溢れた雫を舐め取るのが見えた。
――なんだ。溜まってたんならさっさと言えよ。

掛かりは長かったが御多分に漏れず”用意”はしてきたらしい。詰まるところサンジが部屋を訪れるとはそういうことなのだ。念入りに弛められた後孔は手指の手助けも少なにすんなり肉の塊を受け入れた。
はだけさせた襯衣の中には相変わらず筋と骨しか感じられない体躯が横たわっている。こんな頼りのない体でよくも生きてられるものだと見る度にゼフは思う。少なくとも自分が同じ程の齢の頃はこうではなかった。この平べったい腹の中に月並みよりは四、五周りは大きいであろう自身の男根をどう収めているのかも見当がつかない。ただどこが”好き”なのか――どこを責めればより速く達するかはよく知っている。だがそればかりに集中させると若さ故かねだる回数も増えて面倒も増えるため、一回の比重を重くしてより疲弊させることで取り計らっている。つまり極限まで甚振った末に解放してやるのだ。
まだ深くは進まず上から孔の際を浅く嬲っていると、顔の横で生白い脚が跳ねるのが見えた。食に関するものの次か、もしくは並んで己の持てる知識を全て注ぎ込み鍛え上げている所だ。靭やかに張った腱は申し分なかったが、やはり肉付きは今一つだった。腿に軽く歯を立てると、小さな呻き声が聞こえた。
――そういうとこに痕付けんのすっげえ独占欲強くて、あとすっげえスケベでカッスカスになるまで搾り取ろうとする女だからやめとけって言われたんだけどさ。
どうなの。やっぱスケベだからやってんの。
吐いた息と共にそういったことを漏らした。誰から聞いた――ぬるく問い正そうとすると片頬だけ持ち上げて笑った。
――友達の一人だよ、ただの。妬いたか。
心底気分が良いと訴えかけるような声色が癪に障り、歯を立てた所をそのまま表面の皮ほど食い破ってやった。口の中に鉄の味が滲みる。
サンジはいつ頃からか行為の時に閨での女の話をよくするようになった。洗髪剤も彼女らからの入れ知恵で頻繁に変えているらしい。今のように悋気でも誘っているのか、あるいは他の狙いがあるのか。しかし自身は全く自然な現象かのように語るのに、関係を持って以降ゼフが女を抱くようなことがあれば盛大に調子を崩すのである。いくらか前に多少時間のかかる用事でサンジが出払っていた時に代わりを呼びつけたことがあり、帰ってきた後はそれはもう酷いものだった。そういった気質に対するある程度の予想はできていたため極力痕跡は消したつもりであったが、僅かな証拠と執拗な周囲への証言の聞き取りによって露呈し、そこからまともに言葉を交わすまでに一月はかかったのだ。元来気の利く方ではあったが、この手の勘の良さに関しては特別常軌を逸していた。ただ色ごと全般が対象というわけではなく、単にゼフの周りに気を張りすぎているだけなのかもしれない。
ただおそらく――余所に熱を散らすあてがあるのは本来歓迎すべき事柄だろう。お互いにとって。
――噛み跡残すやつはもっと駄目だって――まだ続ける気らしい。
女相手にんなこと逐一気にさせてるんならてめえの技術不足だ――言い終わる前に根まで深く孔を突き上げる。意味のある言葉を考える余裕はなくなったようだ。このまま行為の終わりまで口をきけないようにしておくべきだろうか。
かつては慎ましやかだった窄みは今や雄を咥えこむ器官として熟れ切り、擦り上げられる度に逃すことを拒んで強く締め付ける。ゼフの持つものの形に合わせてそう変化した。変化させた。抱かれることで性の悦楽が奔る身体もその内だ。サンジはゼフの教えたことをよく覚えている。これも教育の一つに過ぎない。

夢と、叶えるために研いだ力を手放すことを決めた時に、残ったものも全て捧げてやってもいいと思った。事実それはその通りになった。全て与え尽くすまでもうそう遠くはないこともわかっている。できることもできないことも継がせた、俺の息子だ。
しかしその中で欲も育っていった。この俺の全てを奪っていくのであれば他に要るものなど何も無いはずだ。俺の言葉だけ聞いて俺の言う事だけに従い俺のことだけ見て生きていけばそれでいいだろう。
何かを取り戻そうと、またはいずれ切り離すために久々に掴んだ女の肌は、あの貧相で痩せた身体を貪った後に勝る充足を恵んではくれなかった。
今となっては遥かな記憶の中のいつかの孤島に還ることを今もどこかで望んでいる。

ただ確信はあった。それらは今いる場所から半歩でも踏み出せば全て容易く叶う。
だから留まらなくてはならない。